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京都地方裁判所 昭和44年(わ)525号 判決

主文

被告人は無罪。

理由

本件公訴事実は「被告人は、京都大学教養部自治会(以下単に自治会という。)が同大学全学共闘会議(以下単に全共闘という。)学生らにより、かねてから封鎖占拠されている同大学教養部構内建物の封鎖解除などの議決を目的として、昭和四四年六月三〇日代議員大会の開催を計画していることを支持し、全共闘学生らの右大会阻止に対しては実力をもってこれを防衛することをはかり、学生多数と共謀のうえ

第一、同月二九日午後六時一〇分ごろから同六時三七分ごろまでの間、京都市左京区吉田本町所在の同大学本部構内本館建物附近において、前記代議員大会開催阻止のため動員された多数の全共闘学生らの身体に対し共同して害を加える目的をもって、角材、鉄パイプ、石塊、コンクリート片など多数を携帯準備し、もって兇器を準備して集合し

第二、学生多数とともに、前同日時、場所において、前記全共闘学生らに対し、石塊、コンクリート片などを投げつけ、角材、鉄パイプなどを振るい、これらをもって殴り、突くなどの暴行を加え、もつて数人共同して暴行を加え

たものである。」というのである。

そこで審理するに、当裁判所はいずれの訴因もこれを認定するに足る証明がないものと判断する。

第一の訴因について

≪証拠省略≫によると、昭和四四年六月二九日の午後一時から同四時半の間に、大部分が黄色ヘルメットを被った五、六〇名の学生によって角材、鉄パイプ各数一〇本、黄色ヘルメット数一〇個が京都大学(以下単に京大という。)本部構内に搬入された事実が、≪証拠省略≫によると、同日午後六時三七分頃京大本館西南付近で大多数が黄色ヘルメットを被った約一五〇名の集団が、赤、黒、白色のヘルメットを大多数被った約一〇〇名から約一五〇名の集団と角材、鉄パイプで殴り合っていた事実が、≪証拠省略≫によれば、同月三〇日開催の教養学部自治会代議員大会を成立させようとする自治会系学生とこれを粉砕しようとする全共闘系学生とが互に実力行使でもって右代議員大会開催場所となる京大本館附近を占拠せんとして同所附近に二九日午後から順次集合していた事実がそれぞれ認められ、これらの事実から自治会系学生約一五〇名が昭和四四年六月二九日午後六時三七分以前に全共闘系学生の企図する代議員大会粉砕の実力行使に対抗して共同してこれに反撃することを目的として京大本館附近に兇器を準備し集合した事実を推認することができる。

ところで、兇器準備集合罪は一定目的で一定日時一定場所に二人以上の者が兇器を準備し又はその準備があることを知って集合することにより成立するが、集団成立後暴力行為の実行に移った場合もなお兇器を準備した集合体が存続する場合は継続するものと考えられる。しかし、被告人が兇器準備集合罪の成立した日時にその集合体に参加したことを認めるに足りる証拠はない。即ち、≪証拠省略≫によると、平山において同日午後六時三七分ごろ、京大本館二階に数名の黄ヘルメットを被った者が侵入しているのを目撃し、高榎においてその後右建物一階で黄色ヘルメットを被り鉄パイプを所持した被告人を現行犯逮捕した事実が認められるが、右高榎の供述部分によると、逮捕した時被告人の着衣がぐっしょり濡れていたというのであるから、同人が逮捕される以前から建物内にいたとは考え難く被告人が兇器準備集合の成立した当時、京大本館附近にいたと認めるには不充分である。又被告人が逮捕された時は、≪証拠省略≫によると、機動隊の京大本部突入により兇器準備の集合体は解散させられた後であるから、その時被告人が前記格好をしていたとしても、それをもって集合体に参加したとの推認はできない。更に、被告人が他一〇数名の黄色ヘルメットを着用した学生と共同して、全共闘学生を鉄パイプで攻撃していたとする≪証拠省略≫は後記のとおりの理由で措信できず、他に被告人が集合体の暴力行為に参加したことを認めるに足りる証拠はない。

第二の訴因について

前記高榎の供述部分によると、同人が京大本館内の階段下で全共闘系学生を逮捕し振り返ると車寄せ西側で全共闘系学生を黄色ヘルメットの集団が鉄パイプを持って袋叩きにしているのが見えたというのであるが、当裁判所の検証調書によると、同人の目撃した地点からは全共闘系学生が袋叩きされていたとする車寄せの西北側は見透すことはできず、約六メートル南方に後退して、やっと見透すことができる事実が認められ、更に≪証拠省略≫によると、当時既に機動隊が京大本部構内に突入しており、集合体は各方向に逃走しているので本館玄関横の右場所でその様な暴行を為している余裕は考え難い、よって高榎の右供述部分は措信することができず、他に被告人が暴力行為またはその共謀に参加したことを認むべき証拠は存在しない。

よって本件公訴事実は犯罪の証明がないことになるから、刑事訴訟法三三六条により被告人に対し無罪の言渡をする。

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人は、本件公訴は無実の者に対し政治的弾圧の目的で為されたものであって、公訴権の濫用であるから公訴を棄却すべきであると主張する。

本邦刑事訴訟法は、いわゆる起訴独占主義、起訴便宜主義を採用し公訴提起について検察官に広い裁量の余地を付与しているのであるが、もとより恣意の許されないことはいうまでもなく検察官が、全く犯罪の嫌疑のないことが明白であるのにことさらに公訴を提起する等、故意又はこれに相当する重大な過失により公訴提起の裁量権を著しく逸脱し公訴提起それ自体が違法と認められる極限的な場合、公訴権の濫用として、公訴提起の手続に違反するものとして判決により公訴を棄却しうる(刑事訴訟法三三八条四号)というべきである。

だが本件審理の経過によれば、検察官が綿崎、高榎各巡査に虚偽の供述を促したり、虚偽の点につき知悉していた乃至は不知であったことについて極めて重大な過失が存在した事情は認定できない。

以上のごとき諸事情に照せば、本件を起訴したことをもって前記のごとき公訴権の濫用の内容に該当するとは認められず、その他本件公訴提起手続を違法ないし無効とする事実はないので弁護人の主張は採用できない。

しかし、検察官が証拠を充分検討吟味し、無実の者を裁判に付し多大の精神的肉体的苦痛を与えることのない様に努めるべきであるのは当然であるが、審理の経緯に鑑みると、極めて安易に証拠の主柱ともいうべき警察官の供述を肯認し、且取調べに際し深く追求することもなく公訴を提起し、公判廷に於ても強硬な態度を示しておりその点厳に非難されてしかるべきである。検察官は公益の代表者として公正な公訴の提起を為し国民の正当な利益を擁護すべきで、政治的な利害に左右されてはいけない。本件のごとく、世人よりその点疑惑を抱かれる状況を生ぜしめ且被告人に回復不可能な苦しみを与えたことにつき、検察官は衷心より反省しなければいけない。

よって主文の通り判決する。

(裁判長裁判官 森山淳哉 裁判官 長谷川邦夫 島田周平)

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